「異彩」を経済価値に換える「ヘラルボニー」

その他

この会社のことはinstocial by 美術手帳のSpotify や、こちらの記事で知りました。

双子の松田兄弟が4歳上の障害を持った兄がよくノートに書いていた「ヘラルボニー」という言葉(ご本人も意味がよくわからないらしいが、最近は「馬!」と言っているらしいです。)を社名にして立ち上げた、福祉実験ユニットだそうです。

「ヘラルボニー」,,,,なんだか妙に頭に残る響きですよね。

何かに似ていると思ったら、宮沢賢治の造語である「イーハトーブ」や「クラムボン」を彷彿とさせるんですね….。しかも宮沢賢治の出身地と同じ岩手県の会社でした。

障害のある方が書いた類まれなアート作品を、適性に評価できる形で世に出すことに特化した事業を展開しています。

今回、会社を創立して4年が経ったとのことで、東京・六本木のANBトウキョウで8月7日まで、12人の作家の原画の展覧会「ザ・カラーズ!」を開催しているそうです。

実際にヘラルボニーのサイトにも行ってみてください。すごく繊細な、あるいは大胆な作風に圧倒されます。

オンラインショップもあり、トートバッグやハンカチ、シャツなどのアパレルグッズもあります。

Spotifyでは特にネクタイのクオリティーを絶賛していました。一度実物を見てみたいのですが、私はDrawingを一点、買おうかと思って検討しています。

今回は、障害のある方のアートについて、少し考えてみました。

私のようなものが安易に持論を述べたら誤解を受ける話題かもしれませんが、フラットな気持ちでご覧ください。。

障害のある方のアート作品についての色々な意見

障害者という表記についても適切ではないと思うので、なんとも心苦しいのですが、私たちが常識と考えている生活様式や考え方にとらわれず、素晴らしい芸術作品を生み出すことができる方がいます。

それらの作品はご本人が趣味や施設の課題の一環として純粋に楽しむか没頭した結果、得られた産物にすぎません。

その結果、アピールされることもなく限られた場所にひっそりたたずんでいます。

そういう方の作品をヘラルボニーは発掘し、デジタルデータとして収集、ブランドとしての付加価値を付けてプロモーションすることで、販売につなげるビジネスをしています。

障害者に特化しなくても…という意見や、ビジネスにしてしまうことへの違和感など、色々な意見があるようですが、私は、「十分な才能と創作時間のあるアーティストから生み出された作品が、社会的な枠組みから逸脱した状況下にあることによって、経済的価値を創出することに気づかれずに埋もれている」のだとしたら、それを発掘してビジネスとして活用することは、慈善活動でもなんでもなく、純粋に営利活動の一環として成り立つと考えています。

一旦市場に出されたならば、普通のアート作品と同じように気に入れば買えばよいし、気に入らなければ買わなくてもよいわけで、他のアーティストと同様、顧客との関係は対等になり、資本主義社会の荒波で評価されることになります。

これらのアートに特別な魅力を感じる理由

これも人それぞれだとは思いますが、少なくとも冒頭で述べたように、すべての物事において、異なる視点や思考から創作されているためでしょうか…..? 有機的でありながら、幾何学的でもある緻密な繰り返しパターン、そしてなんともいえない「たどたどしい」デザインに、特別な魅力や愛着を感じてしまいます。

例えば、古くは「山下清氏、(大正11年(1922年)~昭和46年(1971年)」の作品は、極めて精密なちぎり絵ですが、実際に見ると本当に綺麗で、驚異の集中力とこだわりをもって創作していたことがうかがえます。

また、歌手・女優の宮城まりこ氏が運営していた「ねむの木学園」の子供たちが作成した画集などもなんとも愛らしく、私は子供の頃に学校の催しで、何か文房具かなにかのグッズを購入した記憶があります。

これらのアートのことを、アウトサイダー・アート(outsider art)、アール・ブリュット(art brut)と表現されることもありますが、障害のある方が創作したアートというよりは、私たちには到底叶わない価値がそこにはあるのにも関わらず、創作者の意思によって日の目をみることが難しいため、それに触れるためには私たち自身が積極的に探しに行く必要があります。

そのため、このようなカテゴリーが設定されていると考えてもよいかもしれません。

「異彩を放て」

これはヘラルボニーのミッションらしいのですが、まさにこの普通じゃない「異彩」に魅力を感じるのだと思います。