私は繊研新聞を定期購読しています。
最近、あまりワクワクするような新素材に関する記事があんまりないな…と思っていたところ、《中小紡績が切り開く未来》という連載を読んで色々考えさせられました。
目新しい素材を追い求めるだけではなく、当たり前にある既存の素材を見つめなおすことの重要性に改めて気が付いたということなのですが、
世の中のトレンドに過度に惑わされず、自分たちのやれることに向き合い、安易なコストダウンに流されず、持続性のあるモノづくりに信念を持って開発に投資するという姿勢を、どんな時も貫き通した会社の底力を感じました。
今回の記事で、独自の技術力を生かした新しい取り組みをしている中小紡績企業5社(長谷虎紡績、佐藤繊維、中川絹糸、近藤紡績所、東洋紡糸工業)が紹介されていました。
以前、リネンが急騰 ~あらためてその作り方を調べてみました~ という記事を書く際、勉強しましたが、つまり綿や羊毛のように短い繊維を糸にする工程のことを紡績と呼びます。
現在、国内紡績業は衰退をたどり、規模も数も減っているそうですが、これらの会社はそんな中で、再び今注目を集めつつあります。
眺めていると、彼らにはある程度共通する点があることに気が付きました。
天然素材の強みを活かした製品を安定供給できる技術や体制が整っている
天然素材は生産量や品質にばらつきがある、いわば扱いにくい原料だと思います。
しかし、SDGsなどが追い風になり、積極的に使いたいという機運が高まっています。
そんな中、栽培工程からトレーサビリティーを重視した原料確保を進め、高付加価値製品向けの紡績糸を販売し、直接海外の展示会へプレゼンしにいくような企業もあれば、
天然素材を紡績するまでの間の様々な工程で、できるだけ安全で環境負荷の低い手法を用い、さらに手作業で紡いだような優しい風合いを出すための技術を蓄積することで、ブランドやスタートアップからの引き合いを多く集めた企業もあります。
また、紡績の特徴を活かし、様々な天然素材をブレンドすることで、全く新しい風合いの原料を開発した企業もあります。
いずれも、すばらしいのは天然素材の特徴を知り尽くしたうえで、工業品として使ってもらいやすい糸にするための製造工程を工夫し、さらにそれを末端製品にシームレスにつなげていく取り組みをすることで、原料探索、企画、開発、製造、販売まですべて関与していることでしょう。
国内唯一の絹紡糸メーカー 中川絹糸株式会社が面白い
特に今回面白いと思ったのはこちら中川絹糸です。
この企業を例に、先ほど挙げた特徴を説明していきたいと思います。

絹は蚕が作ったフィラメント糸から出来ていると思っていたのですが、その過程で「落ち綿」と呼ばれる繊維くずが発生するのだそうです。
これを使った絹紡糸を作っているのがこの会社です。
しかし、絹紡糸を製造するメーカーは日本でこの会社だけなのだそうです。
安価な海外絹紡糸にどのように対抗しているのでしょうか?
それは、絹の風合いを生かし、絹本来の色や光沢を温存することができ、かつ環境影響の少ないする精錬方法を開発していること。また、その特徴を活かしつつ、絹の取り扱いのしにくさを払拭する新しい技術を導入したことにあります。
アルカリ精錬法から、酵素精錬法への転換
絹糸は蚕から吐き出されたままでは、繊維表面にセリシンというタンパク質がコーティングされた状態であるため、あの独特の風合いにはならないそうです。

そのため、そのタンパク質を除去する必要がありますが、その方法としては従来、アルカリ剤が用いられてきました。
しかし中川絹糸では、排水汚染を減らすべく、いち早く研究を開始し、10年前から酵素法に切り替えました。
また、海外の受けが良い真っ白な絹糸を生産するための漂白を否定し、絹本来の白色を重視しました。
ウオッシャブルシルクの開発
洗えるシルクの技術は、中川絹糸だけの技術ではなく、上記5社のうち、例えば東洋紡績工業にも独自の技術があります。
一般的に絹製品は洗濯には向いていないとのことで、主に縮みと白化が生じるとあります。
洗濯による摩擦などで繊維を形成している分子の並び方が変わってしまったり、隙間が生じたりすることで風合いや色が変わってしまうのだそうです。
それらを抑制するために、
①繊維表面を高分子でコーティングする
②繊維同士をで架橋(つなぎ合わせる)
という技術があるようで、①が主流です。
しかしコーティングの欠点としては、洗濯によって徐々にはがれていく可能性があるということです。
東洋紡糸工業はコーディングを樹脂ではなくタンパク質でコーティングし、人体にも環境にも安全性が高いことをアピールしたMAYUCA®というブランドを立ち上げています。
一方、中川絹糸は、特許が見つからず詳細がわからないのですが、どうやら②を使って実現しているようで、プライムシルクとしてブランディングしています。
繊維を架橋するということで、耐久性も兼ね備えているのかもしれません。

特殊な絹紡糸を安定供給する
特殊な絹紡糸というのは、まずはこの会社の主力製品である手で紡いだような風合いの糸ですが、これを工業的に作る技術が確立され、大量かつ安価に供給できます。

また、この技術を、異なる原料とのハイブリッドに応用することで、まったく新しい素材の開発も進めています。
この技術は、以前私が記事にした(バイオミミクリー(biomimicry)~クモの糸に魅せられて~)Spiber社や、同じくこちら(生分解性プラスチックとは 様々な解釈の間で揺れる定義)で記事にしたBioworks社にも着目され、それぞれタンパク質繊維(Brewed Protein)、ポリ乳酸(PLA)との混紡糸開発にも関わっているそうです。
いずれの素材もまだ単独では物性的に不利な点があるのかもしれず、絹との混紡でそれらが解決するかもしれません。
また、これらの企業にとっては、国内で研究開発ができること、互いの企業コンセプトに矛盾が生じていないことから共同研究メリットが非常に高いといえます。