こんにちは! 理系スタイリストのNAGです。
ファッションの正解は人それぞれ。
でもそれは科学(客観的データ)×心理(個人的嗜好性)で説明できます。
是非、私と一緒に、「あなたが本当に着ていて自信の持てるコーディネート」を探してみませんか?詳細はこちらの診断メニューをご覧ください。
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前回の記事もそうなのですが、おそらく今後は「必要な人に必要な量のモノやコトを届け、必要な対価を頂いて生活する」というスタイルの層が増えていくのではないかと予想しています。
そうすると、いわゆる従来の統計学的な手法ではなく、もっとエモーショナルな、あるいは実経験のストーリーを基にしたマーケティング手法でファンを増やしていく取り組みが活きてきます。
そんな中、合同会社FUKUFUKU-YAという面白い会社を見つけました。
80代からの女性に向けたファッションブランドだそうです。
まだ体型毎にパターンの異なる3種類のベストのみの展開ですが、色々考えさせられました。
FUKUFUKU-YAのコンセプトと商品
3種類のベストはこちらです。

非常に明るく、女性らしいカラーバリエーションを揃えています。

また、高齢者の体の特徴から、オシャレに見えてかつ着やすい工夫も随所に認められます。

Webサイトにブランド立ち上げのストーリーがありますが、代表の深津さんが高齢者住宅に暮らす88歳のお母様が気に入る洋服探しに困り果てた経験からブランドを立ち上げることになったそうです。
深津さん曰く、「まあまあの服」を買ってきても、お母様は一度も袖を通すことなく人知れず処分していたことを知り、本当に満足できる服を作ろうと思い立ったとのことです。
高齢女性の求める服とは
深津さんのお母様がなぜ袖を通そうとしなかったのかは色々原因があるかと思いますが、高齢者住宅にいても人前に出るときにはきちんとしたいという気持ちがあったようで、そのための服が欲しかったのであり、オシャレに関心がないわけではありません。
深津さんによると、「まあまあの服」に満足しなかったのは、彼女の「乙女心」を満たすものではなかったからであるという分析をしています。
高齢母を持つ友人たち、また試作を重ねる際に同年代のモニターさんからのヒアリングから、女性らしさ、可愛らしさを素直に表現した「乙女な」デザインが好まれると判断しています。
また、一般に、85歳前後から女性の体型や関節の可動域などは大きく変化するため、若いときには着ていた服が似合わなくなる、着られなくなるとの記載があります。
私自身、母がいますが、遠い郷里に住んでいることもあり、私の感覚ではまだまだ若いというイメージでいます。
しかし、既に高齢者のカテゴリには入っています。
加齢とともに顕在化する、そこまでの弊害などそこまで深刻に考えていなかったのですが、自分も含めて、高齢者ともなると実際にどのような変化に向き合うことになるのでしょうか?
ここで、古い文献ではありますが、2012年から2013年にかけて相次いで発表された研究紀要*1-3)があります。
これを見ると、高齢層(60代~80代)の女性におけるオシャレの意識は若年層の女性よりも若干下がる場合があるが、かなり高いことがわかります。

また、今着ている服は若年層に比べて茶色や紫など比較的暗い色が多いため、そうではなくて明るい色をもっと着たいという希望が多いという傾向があります。

一方、流行やブランドなどによるこだわりは減っているにも関わらず、サイズや色、デザインなどが今の自分に合うものが少ないため、購入枚数が若い時と比べて減っているケースが多いということもわかります。


また、体型の問題については、やはりこれらの文献*4-5)から、色々データは得られていることが分かります。
特に加齢によって肩の可動域は若年層に比べて10°程度狭くなっていることから、高齢女性は腕を屈曲した状態で後ろへ引く動作が困難であり、このことからジャケットなどを着るときに、袖ぐりに手を通すときにジャケットの背の部分をかなり引き寄せなくてはならないということを検証しているものや、

一般的な既製服が20代の体型を基準として設計されていることに触れ、加齢に伴い腕の前部分と後ろ部分が均等ではなくなるため、着心地を改善するためには、高齢者向きの袖のパターンは変更されるべきであるとの見解が述べられています。

これらを考えると、たとえ高齢の女性を対象とした見た目のデザインを追求し、「乙女」なアイテムを展開したとしても、アイテムを作るための型紙がそもそも高齢者の女性の体型に合っていないのであれば、当然着づらくなります。
もしかするとお母様は娘が選んでくれた洋服をデザインが気に入らないというよりも、むしろそもそも自分で着ることが難しいと考えて泣く泣く処分したのかもしれません。
FUKUFUKU-YAの考え抜かれた戦略に脱帽です
FUKUFUKU-YAの製品に話を戻すと、この会社の第一弾のアイテムは、体温調節と体型カバーのために真夏でも高齢女性の必需品になっている「羽織もの(ベスト)」です。
確かに上述した各種考察結果を振り返ると、可動域の狭くなった肩に配慮し、袖口が広く、また腕の長さの個人差を考えなくても良いベストは最適解であると考えられます。
また、高齢者が現在着用している各種アイテムに抵触することがなく、むしろ追加することができることも非常に良い点であり、本当によく考えられた商品であるといえるのではないでしょうか?
さらに、このアイテムを購入するのはご本人ではなく、あくまでもご本人に近い方です。
もし送っても気に入らなければ安心して返品できることをアピールしています。

これは、在りし日に母と娘が共にお互いの想いを忖度しすぎたことで辛い思いをした経験が活かされているような気がします。
次のアイテムが楽しみです。
注釈(すべてWeb上で見られます)
*1 今井素恵「高齢者と若年者の衣服の実態調査から考える衣生活」岐阜市立女子短期大学研究紀要(2013)
*2 瀬戸房子「高齢女性の衣服と衣生活に関する意識調査」著鹿児島大学教育学部研究紀要 (2012)
*3 オ ヒキョン「高齢女性の衣服設計に向けた衣生活調査」日本感性工学会論文誌 (2013)
*4 下坂知加「若年者と高齢者の衣服の動作適応性評価―素材の異なる重ね着の場合―」日本家政学会誌(2008)
*5 杉野公子「高齢女子用袖のパターン設計に関する考察――高齢女子と若年女子の上腕部形状の比較を通して――」杉野服飾大学・杉野服飾大学短期大学部紀要(2014)