こんにちは! 理系スタイリストのNAGです。
ファッションの正解は人それぞれ。
でもそれは科学(客観的データ)×心理(個人的嗜好性)で説明できます。
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これまで暖かさを維持するための工夫については、太陽の熱を吸収する蓄熱性繊維についての記事を書いてきましたが、今回は登山や漁業など過酷な環境で活動する方にとっては、かなり有名(だったことを今知ったのですが)な健繊株式会社の「ひだまり®」という肌着のラインナップがあります。
この下着は1993年、エベレスト登山の最難関ルートを、有酸素状態(酸素ボンベを背負って)で世界で初めて登頂に成功した群馬県山岳連盟の「エベレスト登山隊」が用いたことで一躍有名になったそうです。
今回、この下着が国際宇宙ステーション(ISS)で使用されることになったそうです。
標高8,848mの世界から、一気に宇宙へ(低軌道である400㎞まで(エベレストの約50倍の高度))駆け上がることになります。
なんだか「ひだまり®」と「宇宙」という両者のイメージギャップがすごいのですが、どんな下着なのか調べてみました。
知る人ぞ知る「ひだまり®」

冒頭で記載した「エベレスト登山隊」がエベレストの5350m地点にて、「ひだまり®」肌着を着用して撮影した実際の写真とのことです。
その後、真冬の海での作業をする漁師の要望から、色をネイビーにして下着っぽさをなくし、肘当てや膝当てなどを付けて、首元まで暖かくした「HIDAMARI Qomolangma8848」(ひだまりチョモランマ)を新たに開発したそうです。

「ひだまり®」のチャレンジ
機能性については両者とも変わらず、大きな特徴としては、極寒での激務でも温かく快適にいられるという点です。
これは先にご紹介した記事において、ヒートテックの問題点として挙げていますが、繊維が汗を吸着することによる発熱機構のみであると、繊維が吸着できる量を超えて大量に汗をかいてしまうと、繊維に吸着できなかった水分が気化することで、今度は逆に体が冷えてしまいます。
一方、ただ保温性が高く暖かいだけだと、汗が中にこもってしまいます。
つまり、この場合は「汗は体から逃がしつつ、かつ体温は逃がさずに保温をする」必要があります。
そういえば、これまでの記事はいくつもの矛盾した要望を叶えるための工夫について紹介してきましたね…。
例えば、「雨は通さずに、中にこもった湿度は逃がしたい」ということで雨粒よりも小さな細孔の開いたゴアテックスや水と親和性が高い繊維を使ったポリウレタン膜などを紹介しました。
また、「汗を吸ったら、すぐに乾かしたい」ということで吸水性はほとんどないポリエステル繊維の毛細管現象で肌から汗を吸い取り、外へ放散させる技術を紹介しました。
今回の技術は、上述した技術と比較して微妙に力点が異なります。
吸水性の少ない繊維としては先述したようにポリエステルが挙げられますが、同時に体の熱をできるだけ奪わないように熱伝導率は低くなければなりません。
しかしポリエステルの代表であるPET(ポリエチレンテレフタレート)の熱伝導率は各種プラスチックの中でも比較的高いのです。
吸水性が少なく、熱伝導率が小さい合成繊維というと、ポリプロピレンか、ポリ塩化ビニルになります。
ポリプロピレン繊維は、以前の記事において紹介しているように防護服やマスクなどを構成する不織布の原料としてよく用いられていますが、耐久性に乏しく実用化されていません。
(とはいえ、少しググッたら、同じ目的で挑戦している企業もあるようです)
となると、ポリ塩化ビニル繊維を使うしかありません。
ポリ塩化ビニル繊維の衰退にも負けないものづくり精神
ポリ塩化ビニル(PVC)のことをよく「塩ビ」というのですが、ご存じでしょうか?
たとえば、水道管などは「塩ビ管」とも言われ、一時期はプラスチックといえば塩ビという時代もありました。
しかし、オゾン層破壊、あるいは環境ホルモン(このワード覚えていますか?正確には「外因性内分泌かく乱化学物質」と言います)など環境問題に関する社会の意識が高まった時期に、分子内に塩素を含むこのPVCを廃棄・燃焼した場合にダイオキシンが発生し、オゾン層を破壊する、またPVCに含まれる可塑剤と呼ばれる添加剤が環境ホルモンの原因である、というような理由で、他の樹脂への切り替えがどんどん進み、すっかり廃れてしまいました。
この「ひだまり®」も当時は帝人が製造していた「テビロン」という繊維を用いて製造されていたそうですが、このあおりを受け、2009年帝人は「デビロン」の生産を中止。国内でポリ塩化ビニル繊維を製造しているメーカーがなくなってしまいました。
そこで、フランスの Rhovyl (ロービル)という企業から、ポリ塩化ビニル繊維ロビロン(RHOVYLON)を導入、さらに、求める機能を発揮させるために、「ロビロン」を80%、アクリルを20%の割合で混紡した「ダンロン」という繊維を自ら開発して、製造を継続させたということです。
その他、開発秘話はもう色々ありすぎて、Climbさんの記事を読むだけでも面白いので是非。なんだか下町ロケットを想起させる内容に目頭が熱くなります。
「ひだまり®」が宇宙ステーションで用いられる訳
おぉっと…宇宙の話をすっかり忘れていました。
今回、なぜISSへの搭載が決定したかというと、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が募集した「第2回宇宙生活/地上生活に共通する課題を解決するアイデア」に健繊が応募したためです。
この動画の中でも「汗が垂れず表面張力で張り付くので不快でした」というコメントがありますが、まさにこの「ひだまり®」は「運動時の不快な汗を吸い上げるマルチウェア」というコンセプトで採用が決定しました。
採用されたのは、上述した「HIDAMARI Qomolangma8848」(ひだまりチョモランマ)と、Tシャツ型の「HIDAMARI SPACE DRY-WEAR」(ひだまりスペースドライウェア)です。
ドライウェアの方は、抗菌や消臭なども付与させています。

思い切った視点で物事を見ることの重要性
製品を構成している原料が製造中止になったとき、通常であれば諦めてしまうことも多いと思うのです。
しかし、あきらめずに生産しているメーカーを海外から見つけ、さらに混紡して自分たちの求める繊維原料を自ら作ってしまうというところがすごいなと思いました(安直な感想ですみません)。
健繊の開発精神と、今回のTHINK SPACE LIFEのコンセプト、「宇宙での生活における様々な課題を改めて掘り起こし、それを解決することで、思ってもみなかった新しいアイディアを創出する」が合致したことで今回の採用につながったのではないかと思いました。