こんにちは! 理系スタイリストのNAGです。
ファッションの正解は人それぞれ。
でもそれは科学(客観的データ)×心理(個人的嗜好性)で説明できます。
是非、私と一緒に、「あなたが本当に着ていて自信の持てるコーディネート」を探してみませんか?
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きっかけは、こちらの記事です。
ここには一言も「クモの糸」については記載されていませんが、図にはクモの絵とクモ糸シルクという文字が書かれています。
どうやらこの「たんぱく質繊維<エアシルク>」は複数のスタートアップ企業がそれぞれの技術を出し合って得られた成果のようです。
色々調べていくと、早く産業化(つまりマネタイズですね…)しなければならない研究者の苦悩と意地、試行錯誤の跡が垣間見えたような気がしました。
ちょっと難しい内容ですが、少し解説してみます。
生物の営みから学ぼう! バイオミミクリー
ヤモリが垂直の壁をスルスルと登ったり、ひっつき虫(オナモミ)が洋服にくっついてなかなか取れなかったり、生態系には人間にとって不思議な機能を持つ生物が沢山います。
これらの仕組みを解明し、人間の社会に模倣して応用しようとすること「バイオミミクリー(biomimicry)」と呼んでいます。
今回の記事の要約
京都大学の沼田教授が、自らCEOを務めるバイオベンチャー、Symbiobe株式会社のコア技術である海洋性の光合成細菌から、空気中の二酸化炭素と窒素を餌にして、たんぱく質繊維「エアシルク」を作りました。
また、この成果には同じく一足先に人工クモの糸「QMONOS®」を開発したバイオベンチャーであるSpiber株式会社の技術も導入されています。
どういうことでしょう?
もう少し読み解くと、まず、Symbiobe社がこの光合成細菌の遺伝子を組み換えて、クモ糸シルクたんぱく質を合成できるようにして、培養し、タンパク質を採りました。
そのタンパク質を、Spiber社の人工たんぱく質と混ぜて繊維にしたものが「エアシルク」です。
「エアシルク」には、Symbiobe社とSpiber社2種類のたんぱく質が必要ということなのでしょう。
クモの糸に魅了された人々
クモの糸の特徴
クモの糸は天然の構造タンパク質材料であり、昔からバイオミミクリーの対象として研究されてきました。
実はクモは用途に応じて吐く糸を変えていますのをご存じでしたか?
エサとなる虫を捕らえるための粘着物質がついている「横糸」。
獲物を巻き付けるための「捕獲帯」。
横糸を張るための「足場糸」、命綱として使う「牽引糸」などがあるそうです。
私は知りませんでした。
特に、ジョロウグモの「牽引糸」は鉄やアラミド繊維など高強度の合成繊維に匹敵する強度を持っています。
実際、これを撚り集めてロープを作り、ぶらさがってみた大学教授もいるぐらいです。
クモの糸が強いことは知っていましたが、それは数あるクモの糸の中の「牽引糸」のことだったのですね。
クモの糸を大量生産するには
そんなに素晴らしい糸なら、沢山作って販売したいですよね。
でも、クモを大量に飼育するという方法は、クモが共食いをしてしまう習性から、初期の段階で難しいことがわかりました。
アメリカでは、カイコの遺伝子を組み替えて、クモの糸を作らせる技術も開発されていますが、これもまだ具体的な製品化には至っていないようです。

普通のカイコと区別できるように目を赤くする遺伝子も組み込まれている。まさにモンスター…
そんな中、2007年ごろにタンパク質を構成しているアミノ酸から人工クモの糸を化学合成した関山氏が、Spiber社を起ち上げました。
2013年にはこの素材を「QMONOS®」として発表し、2015年からはスポーツアパレルメーカーのゴールドウインと共同で「QMONOS®」を使用したウェアの開発に着手しました。
そして、ついに2019年にノースフェイスからPlanetary Equilibrium Tee、MOON PARKAを限定販売しました。
しかし、その際「QMONOS®」という表記はなくなり、「Brewed Protein(ブリュード・プロテイン)」という表記に変わっていました。
あんなに、クモをフィーチャリングしていたのに…..。
実は「QMONOS®」はクモの糸の特性を追求しすぎたあまり、クモの糸の欠点も受け継いでいました。
それは <吸水による収縮> で、水に濡れると10%ほど縮んでしまう性質でした。
アパレル用品全般はもちろん、アウトドアで使用するスポーツウェアには致命的な欠点でした。
結局、当初のコンセプトを大幅に変更、タンパク質組成をイチから見直し、クモの糸の特性はほとんど消失してしまいました。
また、製造方法も大幅に見直し、化学合成から微生物による発酵製造に転換したことで「Brewed Protein」と新たに名付けられたそうです。
今回の記事で用いられているSpiber社の人工たんぱく質とは、この「Brewed Protein」のことであると考えられます。
今回の記事の見どころ
今回の記事に話をもどしましょう。
主役はSymbiobe社でした。
クモ糸シルクタンパク質の製造は光合成細菌が担っています。
これは海水と日光と空気(酸素、二酸化炭素、窒素<この窒素がたんぱく源です>)があれば培養できるので、そこが最も重要なところなのだと思います。
しかし、「エアシルク」にするには、Spiber社の「Brewed Protein」を配合する必要があります。
なぜでしょうか? 2つの理由が考えられます。
1つめの理由は、もしかするとそれはSpiber社と同様、吸水すると縮んでしまうため、Spiber社の「Brewed Protein」と混ぜてその欠点を補う必要があったのかもしれません。
2つめの理由は、Spiber社の「Brewed Protein」クモの糸の特性を捨てざるを得ませんでした。
(しかしその結果、市販品として十分採用できるレベルまで完成度を高めることができたのですが)
いずれにせよ、微生物から作らせたクモ糸シルクたんぱく質を、さらにクモの糸を大量製造できる技術と掛け合わせることで、クモの糸のすばらしい特徴(強度やしなやかさ)を再び取り入れることができるというメリットがあったのかもしれません。
(調べたところ、どうやら②が正解のようです。Symbiobe社のクモ糸シルクタンパク質を混ぜることでSpiber社の「Brewed Protein」繊維の物性が大幅に向上するそうです。)
今回の「エアシルク」は、調べれば調べるほど、心が動かされました。
一躍脚光を浴びた研究者が、厳しい市場の波にさらされつつ、数々の困難やプレッシャーをなんとか乗り越えて、ある意味泥臭い経験をしながら、したたかにここまでたどり着いた という印象を強く受けました。
まさに大学のシーズが社会実装するまでの厳しさを示したケーススタディーといえます。
クモにあこがれて人生を賭けて研究を続ける人間の傍らで、クモは自分にそんな素晴らしい才能があることも知らずに、今日もせっせと巣を作っています。